2005.02.02
新渡戸稲造事件[103日目]
昨日は遅い新年会でした。というわけで短いけれども後編。
家に着いたらダンボール箱の山。引越しが間近なんだな。でも家の中はあまり変わってなかったりして。
片付けの時にはいろいろ出てきたらしい。
彼氏が幼稚園の時に読んだ答辞とか。(頑張る園児)
お義父さんに宛てたお義母さんのラブレターとか。(ラブラブ)
夕飯時にお手伝いに行ったけれど、今日は鍋だから大丈夫と言われ、すごすごと引っ込む。まだ結婚したわけじゃないし、台所にいると逆に邪魔になってしまいそうなものなんだが、なんか良い方法ないかなと思っていつも声を掛けるだけに留まっている。始まる前にやっとお膳立てをするだけなんだけれど、それで良いものなんだろうかね。
ごはんの前には仏前に座るけれど、ここんところはウチも座らせてもらっている。手を合わせて、先祖のおじいちゃんおばあちゃんらに再会。また来ました。家が新しくなるのでしばらく窮屈になっちゃいますけど、新しくなったらまた、よろしくおねがいします。ごはんいただきますね。そう声を掛けて戻ると、こたつの上にはコンロと鍋。
牡蠣鍋のはずが、鶏ダンゴやら鱈やら色んなものが入って豪勢でした。熱燗飲みながらうどんまでいただきました。普段大したもの食べていないというのを差っ引いても、本当にここの家の料理は美味しい。
至れり尽せりの一日目を過ごしました。
次の日の朝は納豆ごはん。
昼は昼で温かいお蕎麦。
はらくちゃーと満足しながらそれも少し落ち着いた4時ごろ、お義母さんの弟夫婦がやってきた。彼らは今長岡の仮設住宅に住んでいるとのこと。大変そうだと思ったいたけれど、住めばそれなりに大丈夫、といった様子だった。
ただ、部屋はひどく狭いらしい。3人で4.5畳を二間は確かにきついだろう。
結露もかなりひどいらしいけれど、そこのお宅では世間で騒がれているほどではないという。あんまりストーブつけないしね、ばあちゃんも寒いの強いし。と、かなり楽観的だった。
悪い部分に尾ひれがついて報道されるから尚更酷いイメージがあるけれども、実際に生活している人たちは強い。
それもそのはず、愚痴ったって生活が変わるわけじゃないんだもんね。地震の前に戻るでもなし、お金がもらえるわけでもなし。その辺が雪国風土の考え方なんかなあ。決して我慢強いってわけじゃないと思うんだよね。
そんなこんなで帰りの電車の時間になり駅までの道中。
彼氏から、ほら親父から、と差し出されたのは5千円札一枚。
往復電車賃とお弁当代を足してもまだ余る。
以前、夏目さんを2人もらった事があるけれど、その時は一枚だけいただいた。
さすがにこんなにもらうわけにいかんよ!(゚д゚)
とか慌てたんだけれど、今回は真っ二つにするわけにも行かず、
ありがたくいただく事にしました。今月の食費代に回します、はい。
帰ってから電話して御礼を言ったら、照れてるようで長電話したくなさげな様子。
可愛らしいったらありゃしない。
新潟は冬真っ盛り。道路も車も埋まります。
でもこれでこそ新潟なんだよな。
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